井沢元彦著 「逆説の日本史<6> 中世神風編

 井沢元彦さんの著書「逆転の日本史 6」を読みました。第6巻のテーマは「鎌倉仏教」「元寇」「建武の新政」。この中で、一番興味がなかった「鎌倉仏教」が一番面白かったです。鎌倉時代に始まった仏教、ご存じですか?

鎌倉時代に始まった仏教

 さて、そもそもの仏教の目的は「悟りを開くこと」です。でも釈迦(仏教を始めた人)は「悟りを開く方法」をあまり詳しく残してくれなかったため、弟子達は「どうやったらいいか?」考えないといけませんでした。そんな中で、考え方の違いから論争もたくさん起こりました。平安時代には「誰でも悟りを開けるのか? それとも才能がいるのか?」で論争が起こります。「誰でも開ける派」のボスが最澄で天台宗(比叡山延暦寺)を開きます。で、鎌倉時代に比叡山延暦寺から弟子達が巣立って行きました。

 まずは法然。「誰でも悟りは開けるっていうけど、修行しんどすぎへん? 本当に誰でも悟れるん?」と思った法然はいろんな史料を調べます。で、その中で「阿弥陀仏」が「私が悟りを開けたら、私のファンもみんな悟らせてあげるって誓います!」と書いてあるのを見つけます。「やっぱり凡人には無理やで。それより阿弥陀仏のこと信じた方がいいわ」ということで、「他力本願(阿弥陀仏におまかせ)」と始めたのが浄土宗です。「阿弥陀さん、お願い!」ということで「南無阿弥陀仏」と唱えます。

 そんなん言いながら法然は”修行”も続けていたのですが、弟子の親鸞は「信じるだけで救われるんやから、修行せんでもいいやん!」と決断します。で、絶対他力(自分では何もしなくていい)をコアにして浄土真宗を始めました。

 「そんな人任せで悟れるなんて、なめとんの?怒」となったのが栄西。中国に留学して「禅」を極め、日本に帰国してからは「鎌倉幕府」に売り込んで臨済宗を始めました。禅のポイントは「以心伝心」。マニュアル(経典)を読んでも”本質”は分からない、というのが特徴です。「じゃあ、どうやって学んだらいいん?」というのが以心伝心。師匠と弟子の間で「そう!それ!」となったら「悟りが開けた」と判断します。

 同じ禅宗ですが、道元は「栄西が鎌倉幕府に取り入った」ことを苦々しく思います。で、「もっとまじめに修行しようぜ!」と始めたのが曹洞宗です。

 その他に「とにかく踊ろうや!」と一遍が始めた時宗、ナショナリズムに目覚めた日蓮が始めた日蓮宗なんかも鎌倉時代に始まっています。
(自分なりの理解です。間違ってたらすみません)

自力だけでも他力だけでも、人は惹きつけられない

 で、面白かったのが「自力」「他力」のどちらも突き詰めると人気がなくなる、ということです。

 浄土真宗を始めた親鸞は「阿弥陀仏を信じるだけでいい」をモットーに、「お葬式もいらん、死体は川に流して」「教団もいらん」「教える必要もないで」と「他力」を突き詰めます。その結果、教団は新潟でひっそりと消えかけます。それが戦国時代に入り「教団(本願寺)の危機」というシチュエーションになったことで復興します。当時の代表蓮如を盛り立てようと信者達が奮闘し始め、「本願寺のために戦うと、極楽浄土へ行ける!」という信仰が広まったことで、爆発的な人気が起こります。それが「一向一揆」で、上杉謙信・織田信長・徳川家康といった超有名武将もさんざん苦杯をなめることになります。

 一方、「自力」を突き詰めた道元も、弟子は6人だけでした。しかも「世俗のこと一切は即刻捨てろ!」というストイックさだったので、消滅の危機に陥ります。「それじゃあんまりやで」ということで、教団をもうちょっと緩くしたのが瑩山。檀家の存在を認め「お布施をしてくれたら偉いお坊さんが助けてくれるよ」と裾野を広げたことで、今は15000寺ある日本有数の宗教になりました。

「自力」と「他力」のバランスが重要

 読んでいて思ったのが「自力」と「他力」のバランス。「自分で何とかしろ!」と突き放されても「全部やってあげるよ」と優しすぎてもあかんなと思いました。「手助けがあって、自分の力でやる」その辺のバランスの取れたコンテンツを作ろうと思いました。

 ブログでは書きませんでしたが、「元寇」「建武の新政」も面白かったです。お時間のある方は是非読んでみてください(^^)/

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